一橋大学大学院経営管理研究科 |
研究内容
研究室の概要
社会における公的組織や民間非営利組織の相対的重要性の高まりとともに、公共・非営利セクター(大部分はサービス提供組織)の管理会計の必要性も高まっている。こうした中、荒井研究室では、公共系サービスの中核領域の一つである医療分野に焦点を当てて、その管理会計について研究している。
具体的には、医療と管理会計について【医療分野の原価計算】、【医療分野のバランスト・スコアカード】、【医療分野のサービス価値(原価)企画】、【医療分野の責任センターマネジメント】と体系化し、各領域に関して定性的・定量的な研究を実施している。
研究テーマ
医療と管理会計
医療分野の管理会計は、医療制度環境など経営環境が変化する中で、その変化に適切に対応しつつ、質が高く効率的な医療を提供しつづけるための経営管理の仕組みである。管理会計は、採算(財務)面の業績を管理するだけでなく、患者満足や質・安全性・在院日数・従業員能力向上などに関わる業績も同時に管理する。医療機関(病院や多角化法人)が費用対成果の高い医療サービスを継続的に提供できるためには、特に経営管理者層にとっては不可欠な、経営管理の仕組みである。こうした管理会計の仕組みには多様なものがあり、対応しているマネジメント領域も異なる。具体的には、戦略遂行マネジメント、責任センター(施設事業及び部門)マネジメント、提供プロセス(サービス)マネジメント、経営情報マネジメントの各領域に対応するための各種の手法及び活動が含まれている。そしてこれら各種の仕組みが有効に機能するためには、各仕組み同士が有機的に関連づけられていなければならない。
なお医療界では、こうした医療機関レベルの管理会計のほかに、医療圏レベル及び一国医療提供システムレベルの管理会計も見られ、医療機関レベルの管理会計に一定の影響を与えているため、そのことを認識しておくことが重要である。医療圏管理会計は、患者への統合的な医療提供に焦点を当てつつ、医療圏全体としての医療提供の効率性・質などの最適化を図るための管理会計である。一方、一国医療提供システム管理会計は、国家全体としての最適化を目指して、国家レベルの戦略的方向に各病院を誘導し、また病院相互のベンチマーキングの促進により効率性・効果性の向上を図り、さらに国民への共通枠組みによるアカウンタビリティを果たすための管理会計である。
戦略遂行マネジメントとしての管理会計:医療分野のバランスト・スコアカード
戦略遂行マネジメントとは、策定した戦略を確実かつ迅速に遂行するための経営管理である。この領域の管理会計には、設備機器投資の経済性計算やバランスト・スコアカード(事業計画)がある。使命から導かれたビジョンの実現のための戦略を遂行するプロセスにおいては、多くの場合、最新機器設備の導入といった多額の投資が伴うため、中長期的に見てその投資は採算がとれるのか検討する必要がある。昨今では、自院が属する医療圏内や隣接圏内におけるマーケティング分析などはなされつつあるが、そうした需要及び競合病院データに基づいて中長期的な意思決定をする際には、それに伴う設備機器投資の経済性計算も重要な要素である。また戦略を確実に遂行するためには、戦略とのリンクを意識しつつ多様な戦略的目標項目間の因果関係を考慮して多様な業績側面を同時統合的に管理していくバランスト・スコアカード(BSC)も重要である。医療界ではBSCへの理解が不十分なこともあり、現実にBSCと呼ばれている活動は病院により多様であるが、事業計画制度として展開されることも多い。なおこのBSCが機関全体から各部門などへと展開される場合、そのBSCは責任センターマネジメントとしての管理会計でもある。
責任センターマネジメントとしての管理会計
責任センターマネジメントとは、病院内の各部門(各診療科・各病棟・手術部門・検査部門など)や多角化法人内の各施設事業(病院・老健・訪問看護・通所リハなど)という医療機関・法人内の部分組織単位(その単位の業績に責任を持つ管理者が存在)ごとの、経営管理である。この領域の管理会計には、財務面に焦点のある利益管理及び予算管理、非財務面を含む目標管理、利益・予算・目標管理に基づいた業績評価制度がある。なお目標管理制度は、管理対象とする非財務業績に多面性がありかつ財務業績も管理対象としている場合で、同時に、その業績目標の設定に際して医療機関の戦略とのリンクを重視しつつ業績目標間の因果関係(相互関係)も考慮されている場合には、責任センターへと展開されたBSCであるともいえる。また責任センターマネジメントには、サービス提供の現場である部門に経営的な自律性を発揮するよう促すことを狙いとした損益管理システム(テナント式損益管理や時間当り付加価値管理)もある。この部門別損益管理システムは、経営情報マネジメントである部門別原価計算を、単に情報提供手段として利用するのではなく、その構築方法の工夫より現場の経営管理意識及び行動に積極的に働きかけていく手法(影響機能焦点原価計算)として活用したものである。
提供プロセスマネジメントとしての管理会計:医療分野のサービス価値企画
提供プロセスマネジメントとは、各種医療サービスごとのプロセスの管理である。提供プロセスマネジメントとしての管理会計には、サービス設計段階での事前の提供プロセス管理である価値企画や、設計段階で設定された標準的なサービス提供プロセスと実績との事後的な差異分析管理、各種医療サービスを構成する諸活動に注目した活動基準管理(ABM)、サービスの質に関わる諸活動に焦点を当てた品質コスト管理などがある。本連載では、日本医療界でも盛んになりつつある価値企画に焦点を当てる。
経営情報マネジメントとしての管理会計:医療分野の原価計算
経営情報マネジメントとは、上記3領域のマネジメントを支える情報を提供するための経営管理であり、データを収集・蓄積・処理して正確で目的適合的な情報を提供する活動である。この領域の管理会計には、責任センター別の利益・予算・目標管理やサービス価値企画などの実践を支える原価及び収益情報を提供する各種の原価計算がある(荒井、2009)。なお、特に責任センター別の原価計算は、単に経営管理実践を支える情報を提供するためだけでなく、現場に対して何らかの影響をもたらすために利用されることもある。